たかが”ものづくり”、されど”ものづくり”

クリス・アンダーソン氏の著書「Maker’s」に背中を押される形で、2010年代には「メイカームーブメント」が到来しました。ものづくり大国と言われた日本ですから国内においても、3Dプリンターやレーザーカッターの他、多様な工作機械を備えた”FAB施設”が全国に登場し、これまでの大量生産・規模の経済といった市場原理で制約をうけ、個人が挑むにはハードルが高かった”ものづくり”が、身近な存在になったことは間違いありません。

今回はそんな”ものづくり”についてのお話しです。

誰でも”ものづくり”ができる時代

3Dプリンターだけでなく、Raspberry Pi(ラズパイ)やArduinoといったSBC(シングルボードコンピュータ)及び拡張ボードの普及、様々なIoT開発ツールキットの登場。そして何より、スタートアップ企業相手でも製造を引き受けてくれるEMSも増え、スモールスタートでの”ものづくり”ができる環境があります。
また、今流行の生成AIの力を借りればハードルの一つだったプログラミングでさえ、乗り越えることも可能になってきています。(とはいってもプログラミング知識ゼロでは無理ですが…)
だからこそ「アイデアとそこそこの知識」さえあれば、試作品を作ることくらいは自身の手で可能となったと言えます。

例えば、生活雑貨やアクセサリー、フィギュアなどの商品であれば、3Dプリントそのものが商品になるので、メーカーとしてのハードルはとても低いです。
一方で、電気製品やIoTデバイスともなれば、各国の安全規格や技術基準適合証明等の法規制への対応、業界団体基準等も考慮する必要があり、ある程度は専門知識が求められ、個人の規模で実現させるにはそれなりに難しいと思います。勿論、ネット上には様々な情報が存在しますので、ゼロから調べてできないことはありません。(ゼロから調べると単純に時間がかかるし、勘所を押さえられているかどうかで、スペックやコストに影響をします)

単に試作品を作るのと売りものとして必要な製品開発とでは求められる次元が異なるという理解が必要でしょう。専門家を集め、きちんとした開発体制や販売・サポート体制が必要なことなどからメーカーとしてのハードルはそれなりに高くなります。

そうはいっても20年前と比較すれば、圧倒的に低コストで、商品の『製造メーカー』に誰しもがなれるチャンスが広がっていることも事実です。

残念ながら「作れば売れる」わけではない

これまでお話ししたように”ものづくり”のハードルが下がったのは間違いありません。しかしながら、だからといって”売れる商品”が作れるわけではありません。

これまでにもメーカーズ的アプローチで開発された商品は世の中に多数存在し、中にはブームとなった商品も数多く存在します。しかしながら、自分の知る限りではありますが、ブームの後に継続して事業を行っている商品は決して多くはないというのも事実です。
言い換えるならば、「”作ってみた≒プロトタイプ”から、”作り続けること≒量産”へのハードルは非常に高い」ということです。(乾電池型IoT「MaBeee」はまさにメーカーズアプローチで生みだされ、ヒットし、執筆時現在も継続して事業をされている優秀な商品の一つだと思います。)

また、”ものづくり”は有形であることから、残念ながら大なり小なりの投資が必要不可欠です。原則として、商品を売るにはその前に製造が必要となります。自社工場を作るところから始めなかったとしても、EMSを利用するには実際の売上タイミングとは関係なく、EMSからの納品時点で請求が発生します。(売上確定からの支払いという契約が勝ち取れれば別ですが)
この事業資金問題を回避する策の一つのが、昨今流行のクラウドファウンディングといえますが、これについては後述します。

ここまでのお話しで”ものづくり”が身近になったとは言え、事業として行う為にはお金が必要ということはご理解頂けたと思います。その意味でも「継続的に売れるための策」が重要であり、メーカーには商品を製造するだけで無く、”売れるための策”、すなわち商品企画や事業企画、販売施策までもカバーしなければならないのです。

でも「作れば売れる」こともある

たった今、「作るだけでは売れない」と述べましたが、時にはそうでないこともあります。では、それは一体どんなときだと思われますか?

答えは『(顧客の)潜在的ニーズを満たしていた時』です。

これは言い換えると「(一定層の人が欲しいと感じていた)新しい商品やサービスを生みだした時」と言っても良いと思います。それまで自身が体験していなかった”もの・コト”を覆す時、人は無条件でそれが欲しくなります。
かつて電化製品の三種の神器と言われた「TV・冷蔵庫・洗濯機」、新三種の神器と言われた「カラーTV・クーラー・自動車」、デジタル三種の神器と言われた「デジタルカメラ・DVDレコーダー・薄型テレビ」など、このようなライフスタイルに大きな変化をもたらす商品が登場した際には、”作れば売れる”という状況も起きえるのです。

でも! 一度冷静になって考えてみてください。「誰が、どのように使うのか」も一切考えずに、「好きこそものの上手なれ」で己の信じた道をひたすら突き進んで商品化にこぎ着けたとしても、それがヒットする確率とは果たしてどのくらいになるかを考えてみたことはありますか?
なかなか当たらない代表格ともいえる宝くじですが、1等当選確率は年末ジャンボ宝くじで「約2,000万分の1」、ジャンボ宝くじでは「約1,000万分の1」と確率は低いながらにも必ず当たりがあります。
しかしながら、何も考えていなければ「1億分の1」かもしれませんし、そもそも当たりがあるのかも分からないのです。これはギャンブルをする以前の問題だと思います。

当然ながら、未来は誰にも予測できません。”もしかしたら…”もあるかもしれません。ですが、大事なお金を投資するのですから、”売るための準備”はキチンとしておく必要があるのです。
(株主や資金支援者がいるのであれば、その人たちへの責任も背負っているのです)

救世主!?「クラウドファンディング」

前述したクラウドファンディングについて少し紹介しておきます。

国内では「Makuake」や「CAMPFIRE」などがおなじみかもしれませんが、現在普及しているWEBサービスとしての「クラウドファンディング」は、2000年代に米国で始まりました。代表的なサービスには、2008年に誕生した「Indiegogo」や翌年2009年にサービスを開始した「Kickstarter」などが老舗です。(1998年から始まったSXSWマルチメディアなどで投資家から出資を募る活動がネット上での仕組みとして構築されたと言えます)

そもそもクラウドファンディングとは、「クラウド(群衆)」と「ファンディング(資金調達)」を組み合わせた造語であり、意味としてもそのままに「群衆から資金を集める仕組み」となります。

このクラウドファンディングの仕組みにより、これまでは銀行やVC(ベンチャーキャピタル)などに頼っていた資金調達でしたが、仕組みを通じて広くアイデアを提示することで予約販売の形態でマーケットから資金調達することができ、(All-or-Nothing方式で)事業試算さえ間違わなければ、元手ゼロでも事業が始められることになります。

但し、メリットだけではありません。手数料はおおむね20%、これにデモ映像映像制作費や自前で掲載サイトが作れない場合はWeb制作費として約20〜30万が必要となりますので、やはりそれなりに販売予測ができないとこれら経費を含めた総額を集めることは難しいのが現実です。
(勿論、各クラウドファンディングサービスからもサポートがあるのでしょうが)

クラウドファンディングは購入ではなく出資

出資を受ける側は事業資金を購入希望者から事前に調達でき、出資者は市場価格よりも割安で商品が手に入るなど、双方にメリットがあるクラウドファンディングですが、あくまでも出資なので、出資者には覚悟も必要です。
All-or-Nothing方式であれば、プロジェクト不成立時には返金となりますが、All-in方式の場合は成立後に商品が届かないこともあります。それも覚悟の上で、”購入”ではなく、あくまでも”支援”なのがクラウドファンディングなのです。

やはりクラウドファンディングとはいえども、丸腰で臨むことは無謀であり、ある程度の準備は必要だと考えます。

メイカームーブメントの終焉

メイカームーブメントの象徴の一つだった米国TechShopの全拠点が2017年には閉鎖となりました。これをうけて「Tech Shop Tokyo」も3年後の2020年2月に閉鎖となりました。
また国内ものづくり拠点としてもっとも有名だったと思うのですが、DMM.make AKIBAも2024年4月30日をもって閉鎖となることが発表されています。

従来のFABはその役割を終えたと考えるのが妥当なのかも知れませんが、メイカームーブメントはきっかけでこそあれ、試作レベルは問題がなくとも実際の事業となるとコストや生産量などで隔たりがあるのではないでしょうか。そこが”(製造)メーカー”としての難しさだと思っています。

ものづくりを事業をして行うのであれば、長期的なヴィジョンとビジネス的観点は必要不可欠と言って間違いないでしょう。